『リアル』Vol.14 特設サイト

スペシャル

“ザ・レスラー”柴田勝頼、『リアル』13巻を読み解く!!

取材・文/市川光治(光スタジオ)
撮影/名古桂士(X-1)

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――プロレスファンからは伝説とも言われてる『リアル』13巻発売から、早くも3年以上、月日が経っています。そこをあえて柴田選手に『リアル』13巻を熱く語って頂こうという思いつきのような企画ですが(笑)、よろしくお願いします。
柴田
(笑)。よろしくお願いします。『リアル』13巻って3年前? マジっすか! そんな前なんですか!
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――そうなんですよ。3年前って、ちょうど(新日本に)戻ってきたくらいですか?
柴田
そう…もう3年は経ってますね。2012年の8月。へぇー、そんな前なんですね。そんな感覚が全くしないまま…。
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――桜庭さんと一緒に両国、乗り込みましたね。
柴田
そうです。こうして『リアル』の13巻、一冊丸々プロレスの話になるくらいプロレス熱が出てきた頃じゃないですかね。
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――柴田選手がプロレスに復帰したきっかけはIGFからでした。
柴田
年末のIGF猪木祭でしたね(INOKI BOM-BA-YE2011/2011年12月31日・さいたまスーパーアリーナ)。
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――映像を探しているんですけど、なかなかなくて。ドロップキック、着地失敗の(笑)。
柴田
はい。跳ぶ前から落ちることを考えていないですからね。
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――「跳ぶ前から落ちることを考える馬鹿がいるか」っていう(笑)。
柴田
へへっ(笑)。
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――あれってもう、どっちなんだ?…みたいな。
柴田
何の試合かわかんないまま。俺もプロレスをやっていない時期だったし。
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――ブランク、結構長かったですもんね。
柴田
長かったです。それにあの試合は、自分たちも、ルール的なものがはっきりしないまま当日を迎えたっていう。でまあ、一応プロレスというルールでやるってなって、何をどこまでやっていいかわかんないまま上がったんですけど。格闘技の会場でですよ、プロレスの試合ってことで挑んで、あの時、肌で感じる「違う感覚」がありましたね。
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――それはどういう?
柴田
不思議な感じでしたね。懐かしいような、新しいような。
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――久しぶりのプロレスのリングで、何が起きたかわからない…。
柴田
そうですね。
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――パートナーも桜庭さんという、プロレスとはちょっと違う畑の人間。で、相手もトンパチみたいな…。
柴田
何やってんだかわからない。プロ…と言えるかどうかわかんないみたいな。
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――なかなか信頼関係が…。
柴田
ゼロですね。その中でいかに、どういう試合というか、作品に仕上げるかは、やっぱり選手たちの腕だけなんですよ。その中で、たぶん経験者って俺しかいなかった部分もありますし。結果的にあの試合があって、忘れていた感覚…ドロップキックのやり方とか(笑)、一気に思い出しましたね。自分の腕が折れながら、桜庭さんと「プロレスってアリだよね」っていう話になって、新日本の両国(2012年8月12日)に至りますね。
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――IGFに上がるっていう選択肢はもちろん…。
柴田
もし腕が折れていなかったら、あのままの流れで強引に連れて行かれてたのかもしれませんけど(笑)、腕が折れて半年間、何もできなかったんで。それはすごく、行く先を見据えるという意味ではいい時間だったかなと思います。何事も無駄がないんだなと。
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――そこで新日本プロレスを選択された、一番大きなモノはなんですか?
柴田
うーん…大きなモノは、元々は新日本出身でもありますし。小さい頃は、新日本以外はプロレスじゃないくらいの気持ちでいて。新日本を飛び出て、その時は新日本に二度と戻ることはないと思ってましたけど、1年後にはまた試合してるんですよ、ドームで(笑)。だからどうなるかわかんないなとは思いながら。でもなんかこう、色々考えて、上がったら面白い場所。その当時、桜庭さんと考えて、新日本以外なかったですね。で、その選択が正しかったと思いますし。
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――今となっては。
柴田
はい。最初からは本当に、自分たちがやりたいことを1つもできていないような感覚で。それとぶつかり合いだったんですけど、それもやっぱりプロレスなんですよ。対団体…みたいな。それは今もあるんですけど。そこでもがき苦しむのもプロレスですし、それがリングに反映されるのも、プロレスだと思うんで。そこがプロレスのリアルな部分だというのはありますね。
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――先程、怪我で上がれなかった話をされていましたけど、『リアル』での白鳥はバイクの事故で車イス生活になってしまったわけですけれど。もちろん柴田選手も怪我を何度もされていて、いつこういうふうになるか、(危険と)背中合わせじゃないですか。
柴田
いやあ、本当に思いましたね。自分、首の怪我なんて多いですよ。痺れとかしょっちゅう出るわけですから、いつできなくなるのかわからないというのは思いますね。
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――これもちゃんと新日本の道場へ行って撮影したんです。
柴田
そうですよね。道場だけじゃなく野毛の周辺とかまで、めっちゃ再現されてて、すごいなと思います。読みながら、当時デビューするまでの心境とダブりました。先輩たちへ「覚えてろ!」とか、「今に見てろよ、デビューしたら全員ぶっとばしてやる」っていうね(笑)。
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――昔の道場を取材したから余計ですね。
柴田
今の若い選手は、恵まれていると思いますよ。
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――個室でしょ、今。
柴田
個室ですね。個室は与えちゃダメですよ。
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――ハハハハ。
柴田
(自分が若手の頃は)本当に自分の時間がなかったですからね。緊張とオーバーワークの疲労で、毎日、練習前に吐いてました。飯食わないと動けないし、でも飯が(腹に)残っていると動けないから、飯食った後に吐くんですよ(笑)。飯食うじゃないですか、食って大丈夫だったらいいんですけど、当時は緊張とかもあって、「あぁダメだ…」と思って吐いて。
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――ずっと緊張していたんですか?
柴田
まあ、最初の頃は。1~2ヵ月、3ヵ月はどんどん痩せていくっていう。
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――どんどん痩せて(笑)。今はホテルみたいですもんね。
柴田
リゾートホテルです。
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――撮影に行ったのは結構、ギリギリのタイミングだったんです。テレビ番組の『ビフォーアフター』で道場を来月壊すっていうので、貴重な写真というか。壁に殴った跡とかあってビビりました(笑)。

スコーピオン白鳥の壮絶なラスト…
勝負を決めた技って、もしかしたら…!?

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――柴田選手の闘い方で凄いのは、敢えて「こいや、オラ!」と胸を突き出すじゃないですか。当たり前ですけど、本当はすかしたほうが得策というか痛くないじゃないですか。なのに真っ向勝負というか何というか…。
柴田
まあでも、痛いとか痛くないとか…なんかもう、だったらやんなきゃいいっていうか(笑)。身体にいいことは1つもやってないです。身体と心を鍛えていないと、上に上がれない場所だと思うんで。だから俺は、白鳥のハートの強さにすごく共感するものがありますね。
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――白鳥は、あの身体で最後の最後までお客さんにバレなかったわけじゃないですか。もし試合中に自分が動けなくなったとしたら、柴田選手はどういう試合をすると思いますか?
柴田
うーん、どうだろう…意識がなくなっても試合をしていることってあるんですよ。試合が終わっても覚えていない。「試合してたのかな?」って、昔はしょっちゅうあったんですよ。結構、他の選手にもあることで、プロレスラーってスゲーなって思うんですよね。白鳥じゃないけど、途中で動けなくなったら…でも動けるまではやりますね。だってそんなの、試合中に普通に見える攻撃で腕が痺れて…っていうの、観ている人は関係ないから。
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――動けなくても「いけー!」って言いますもんね、お客さんは。
柴田
はい。もう本当にダメだなって思ったとしても、歓声ってすごい力になるんですよ。その辺の描写や表現も選手から見てもこれは、すごくわかるなというね。
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――『リアル』13巻は、いろんな選手の体験だったりとかインタビューからストーリーラインができています。柴田選手はもちろん、鈴木(みのる)選手や中西(学)選手、棚橋選手だったりTAJIRI選手、ハヤブサさん、それと三澤トレーナー他いろんな人から話を聞きました。
柴田
そうなんですね。でも、この13巻は、プロレスだけじゃなくて人間・白鳥を通しての、プロレスラーの苦悩だったり、プロレスの素晴らしさだったり…。試合だけ観て、華やかな動きだけを観て面白い楽しい以外の部分がすごい詰まってて、人間味があるというか。それが読んでみてスゲーいいなって思いましたね。選手から見て共感できるというか。プロレスをテーマにしたいろんな作品があると思うんですけど、ここにスポットライトを当てて作った作品て、ないなと思って。
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――(野宮風に)あとーんす!
柴田
やっぱりプロレスラーって人間なんですよね。人間の人生っつーか。這い上がるのがプロレスラーで、それがうまく描かれているなと思いました。で、技がなくなった時の、最後の頭突きっていうのもよかったですよ。
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――これは、柴田対後藤戦からヒントを貰いました。
柴田
ちょっと、それ…。マジですか?
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――柴田対後藤の同級生対決を東京ドームで井上さんと観て、「ゴンッ」っていう頭突き音がホントに衝撃的で…。
柴田
あっ、ドームの試合ですか。あのお会いした時の。本当ですか。それは嬉しいっすね。頭突き合い、結構やってるんで。音が出るくらいの。
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――その激闘がどこかに残ってて、白鳥の試合のラストを作るってなった時に「フィニッシュは頭突きがいいかも」っていう。
柴田
それは、もう、めっちゃ嬉しいっすね。俺が読んでたマンガの作者が、逆に今(自分を)観て、作品を描かれるうえで、何かしらの影響を与えているというのは、レスラー冥利に尽きます。すごくうれしいですね。
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――いやもう、かなりね。マンバがリング上を全力で走るのも柴田選手っぽいですし、白鳥の顔は鈴木(みのる)さんぽいですけどね(笑)。でも鈴木さんもチャラチャラした感じではないじゃないですか、生き様をぶつけるっていう。やっぱり井上さんも、「リアル」を描く上で、人間を見てほしい、人間を描きたいっていうのがあるんだと思うんですよ。
柴田
そうですよね、本当に。
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――毒霧はTAJIRI選手から聞いたりとか。他にも「こういうのはどうですか?」っていうアイディアは、いろんなレスラーからもらってますね。
柴田
そこで白鳥ができあがっているんですよね。実際には、いないレスラーができあがっちゃうわけですよね? すごいですよ!
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――そうなんですよ。また、新日本プロレスがグワッと盛り上がるキッカケのひとつになったなんて言われました。
柴田
ですね。
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――『リアル』を読んで、またプロレスに戻ってきた人もたくさんいたみたいですし、おもしろそうだなってプロレスを観に行くようになった人もいたみたいなので。いい感じでマンガと…。
柴田
リンクしましたね。

あとから振り返った時、あの日から
すべてが変わったと思える日、それは…

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――『リアル』の中で「あとから、ふり返った時 あの日からすべて変わったと思える そんな日がある 今日がその日だ」ていうのが出てくるんですね。高橋も花咲も、マンバも、もちろん白鳥もそうですけど、あの試合の日をみんな「今日がその日だ」って言ったんですよ。高橋がようやく車イスバスケットボールに一歩踏み出すというね。プロレスっていろんな勇気を与えてくれたりとかしますけれども。柴田選手にとって「あの日からすべて変わったと思える そんな日」っていうのはいつでしたか?
柴田
結構多くありますよ、ターニングポイントは。何だろうな…1つとしたら…何でしょうね…。俺の中のターニングポイントは多くて、総合格闘技HERO’Sのデビュー戦(2007年3月12日・対山本宜久戦)だったり…。
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――いくつか挙げてみましょうか。
柴田
それから見ていただいたドームの後藤戦ですね。今まで、やりたいプロレスができなくて、別にメインでも何でもないシングルマッチで。ブーイングもらってたのを全てひっくり返した手応えも感じましたし。プロレスってこうだなっていう。やりたかったプロレスの一部ができた試合でもあったと思います。新日本的に言ったらそれかもしれないですね。HERO’Sの自分の力で一発変えたっていうのも…すべてが変わったっていうわけじゃないですけど、「こっからだ」っていうあれではありましたね。でも全部続いているんですよね、人生っていうのは。
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――本当にそうですよね。あと柴田選手が「プロレスラーになる」って決めた日は、いつなんですか? それはずっと前から?
柴田
俺は幼稚園くらいからプロレスラーになるんじゃないかなと思ってたんですよ。冷静に「これ何かプロレスラーになるな」っていう感覚があったんですよ。その時は千葉県の松戸に住んでたんですけど。たぶん将来なるんだろうなって、そのまま思っていたようになっていますし。
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――幼稚園くらいの時、お父さん(柴田勝久、2010年没)は、既にレフェリーでしたか?
柴田
レフェリーです。俺は親父の現役の時を見たことがないんで。
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――映像で見るくらい?
柴田
映像でもないんです。残っていないんですよ、古くて。1回も見たことないです。動いたりなんかやってるの。写真でしかないです。
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――なるほどね。
柴田
親父がどういうプロレスしていたのか知らないです。
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――「こんなレスラーだったよ」とかって、例えば山本(小鉄)さんとか星野(勘太郎)さんとか、もう亡くなられていますけど、言われたりとかしましたか?
柴田
試合に関してはよくわからないですけど、親父はとにかくトレーニングをすごくしていたと。誰だったかに、合同練習のみんなでスクワットやる時に、親父だけダンベル持ってやってたというのを聞いたことがありますね。
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――他の人はスクワットだけやっているのに、それより負荷を掛けたっていう。
柴田
はい。
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――負けず嫌いだったんですかね?
柴田
どうなんでしょうね。多分ですけど、1つやるって決めたことはとにかく集中してやってたんだと思います。
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――お父さんと自分がすごく似ている部分て、何だと思います?
柴田
意外と似ているところがなかったりするんですよね。でも、1つこれだっていうことをずっとやるというか、いろんなことができないのは似てるかもしれない。
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――不器用なところですかね。
柴田
はい。なんかオヤジは…いろんなことができない。
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――頼まれたら嫌と言えないとか。
柴田
俺は嫌と言うんで。似てないんですよね。
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――そうですか(笑)。
柴田
そうなんです、実は。
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――おもちゃ屋さんか何かをやっていませんでした?
柴田
やってましたね「おもちゃのシバタ」。
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――もちろんもう、やられていないと思いますけど。
柴田
うまくできないんですよね、やろうとしても。(商売として)うまく回らないというか。全部なんか…失敗して(小声)…(苦笑)。親父ほど光の当たらない人生ってなかったんじゃないかなと思うんですよね。
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――なるほど。
柴田
親父はすごく目立つわけでもなく、でも誰からも悪口を聞いたことがなくて。俺なんか散々どこで何を言われているかわからないんですけど、親父に関しては悪いことを聞いたことがなくて。言っていたこともないってくらいなんですよ。俺は真逆なんですけどね(笑)。
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――でもお父さんにはもちろん「プロレスラーになりたい、新日本を受けたい」という話はされたんですよね?
柴田
しました。その時はすっごく嬉しかったみたいですね、言わなかったですけど。推薦が決まっていた大学を一緒に断りに行って。
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――お父さんは嬉しかったんでしょうね。特別な言葉とかはなく?
柴田
う~ん…なかったですね。ただ、新日本に入って、俺がトレーニングで潰れて、山本小鉄さんに「お父さんは、これでお前を食わしてきたんだぞ」って言われた時に、頭が上がらなくなったというか。そこから父親に対して敬語でした。死ぬまで敬語を使ってました。そこかもしれないですね! すべてが変わった日、もしかしたら。
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――そうですね! いやぁいい話だ。山本小鉄さんからっていうのもいいですね。

あらためて考える
プロレスとは何か…

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――柴田選手、あらためて「プロレス」って、何でしょう?
柴田
あらためて「プロレス」は…何だろう?…今やってて…プロレスというものに決まった枠がないんで、限界がないんですよね。それはプロレスをやるうえで自分にも言えることなんですけど、プロレスというものがジャンルとして他にない可能性が(ある)。終わりがないというか。マンガと一緒ですよ。どう描いて、どう表現して、自由過ぎるじゃないですか。紙に何を描いてもいい。面白かったら支持されるし、魂を揺さぶれば感情移入したり、そうやって見る者を惹きつける。近いものはあると思いますね。
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――マンガはもちろん作品ですし、画がうまければいいってものじゃないし。プロレスラーもそうですよね。強ければいいってものじゃないですよね。
柴田
だけじゃないですね。
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――強いだけじゃない! 深いですね。とはいえ強さを求めてリングに上がるということも当然あるでしょう。
柴田
強くなりたいと思ってやっていたのも本当です。プロレスラーの強さって何だろうって思うことがあるんですよ。もちろん強さは必要だと思いますし、俺は(新日本を)辞めてますし。だから「プロレスラーの強さをあらためて追求したい」と思っていますね。
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――1回離れたことで余計に、強さってなんだと向き合えているのかもしれませんね。
柴田
それは冷静に、他の人よりはあると思います。俺の過ごした、新日本プロレスから離れた10年間は無駄ではなく、「プロレスラー柴田勝頼」の大事な一部分であると思いますね。
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――だからきっと、遠回りではないんですよね。繋がっているんですよね。
柴田
遠回りではないですね、はい。繋がってます。
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――新・闘魂三銃士を経てね。柴田選手、棚橋・中邑(真輔)とは、同期でしたっけ?
柴田
いや、俺が1年先に入りました。入門テストは棚橋と一緒だったんですけど、棚橋が大学3年生の時で、ちゃんと(大学)卒業して入ってきて。俺の4年後に、大学に行ってた中邑が入ってきて…という、複雑な三角関係(苦笑)。
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――なるほど。でもリング上でしかわからない、肌で触れあわなければわからないものはたくさんありそうですね。例えば、リング上で対戦相手に「ありがとう」(2014年9月21日・対棚橋弘至戦/神戸ワールド記念ホール)って涙するなんて、プロレスならではというか。総合格闘技では、ありえない光景ですよね。
柴田
ないですね。プロレスには人間の泥臭さというか、人間ドラマが要素として詰め込まれると思うんです。例えばどういう道を辿ってきてこの人と試合をするとなった時に、昔(1つのユニットとして)、括られていた相手と試合をして、握手して…それもまた試合の1部になると思うので。
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――観ているほうも想像するじゃないですか。それがやっぱり面白いですよね。
柴田
それは他のジャンルには、ないものだなと思いました。
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――総合格闘技にも煽りVは、ありますけど、感情移入しづらい…
柴田
点なんですよ。
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――そうですね、線ではないですね。
柴田
線なんですよ、プロレスは。線じゃないと、画は描けないですから。
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――たしかに、点ではね。「線じゃないと画は描けない」名言ですね(笑)。
柴田
いいすか?(笑)。点で描けなくもないと思いますけど、めっちゃうまく描く人も(笑)。
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――アハハハ。そして2016年、新しい柴田勝頼はどこへ向かうのか。『リアル』13巻を読んで、改めて思ったところはありますか?
柴田
(試合を)やっていく中で、初心を忘れているわけではないですが、忘れがちな部分がどこかで抜け落ちていたり、目の前のことで一杯になっていたりして、自分自身が見えていない時がある。そういったものをふまえて、またあらためて自分を見つめ直して、何をすべきか、何を表現していくべきか、どんな試合をしていくべきかというのを(考えさせられた)。今やっている感覚からすると、そこまで長くできると思っていないので、今できる時に精一杯の試合をしたいなと思います。まだ手も足も動くので。
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――そうですね。白鳥と試合をすることになったら…どうしますか?
柴田
自分の中で、リングに上がっている=試合ができるなんですよ。じゃないと上がってはいけないという意識があるので、全力で、闘いたいですね。「ホウキでもいい試合をする」という言葉は、プロレスでしか例えられない表現であると思うので、誰が相手でも最高の試合をしたいですよね。他の誰かに務まる試合をしているのであれば、他の誰かでいいんです。俺にしかできない試合をしていきたいと思っています。
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――柴田選手は柴田選手にしかできない試合をしているから、支持されていると思います。歓声が一番大きいですからね。
柴田
ありがとうございます。
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――負けてしまいましたけど、内藤(哲也)戦(2015年9月27日/神戸ワールド記念ホール)も面白くかったです。
柴田
もっと俺はこうしたかった…というのがあったんで、スゲー反省しているんです。
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――えっ! マジっすか!?
柴田
はい。あんなもんじゃないっていうのがあって…。だからどうなっているかわからないですよ。神戸でシングル組まれて、これで一区切りかと思ったら、そんなこともないし。本当に、先のことってわからない。試合をしていく中で、生まれるものがある。かけながら技が変わるとかも、あるわけじゃないですか。決まっていないですよね、表現というか。先のことって、ほぼ真っ白なページしかない。でも自分だけで決められるものじゃないので、そこにどう自分の色を落とし入れていくかというのは思いますね。それはやっぱり自分の価値というか、プロレスラーとしての魅力がなければ、まったく反映されない部分でもあるので。例えば会社が推してるものがあったとして、俺はそれに反発していくしかない。そのやり方しかないんで。それとは違う切り口で。(新日本)所属ではないんで、そこはやっぱりあるんで。でも、やっていてやりがいだけはありますね、プロレスは。今もう夢中ですよ。4年近く前に再びやるってなった時と今の心境って、やっていく中で変わってきますし。根本は変わっていないですけど、やっていく中で色々な感情が芽生えてきて…。そこだけ切り離すわけではなくて、そこからずっと続いているものがあるなと思いますね。
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――to be continued…なんですね。
柴田
はい。
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――新日本のリングに上がって、「ケンカ、売りにきました」って桜庭選手と来て、そっからものすごく変わったというか。いい意味で。
柴田
そうなんですよ。
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――でまた面白くなって。
柴田
そうそう。一緒に殴り込みに来たのに桜庭さんと俺の中でズレがあるというか、距離が開き始めて。またそこで、大阪城ホールで闘う(2015年7月5日)…それもまたターニングポイントになりましたし。
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――また、城ホールっていうのがいいですよね。
柴田
本当に1試合1試合、試合をしていく中で、「自分」というプロレスラーが構築されていくんじゃないかなとは思います。
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――なるほど。だからまだ、完成ではないんですね。
柴田
完成はしていないですね。完成したらもう終わりだと(笑)。答えはないですから、プロレスに。その中で完成したら完結ですよ。
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――それこそ、最終回。
柴田
最終回ですね。
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――そういえば最近インタビューとか出ないじゃないですか。面倒くさいですか?
柴田
面倒くさいです。あははは(笑)。
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――(笑)。
柴田
『月刊ゴング』にこの前、特集してもらったくらいで。なんか、マスコミに嫌われているんですよ(笑)。とはいえ、自分は多く語りたくないです。だったらやっぱり、試合を観てほしいっていう気持ちが大きいですね。
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――Aって言ったら、今日の試合もAだったとしかわからないけど、観る人によってはBもCもありますもんね。
柴田
本当に。観たいように観ればいいと思いますね。
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――言葉って歩き出しちゃうし、それは井上さんも同じようなことを言ってますね。「マンガを見てもらえればいいんで」って。
柴田
わかります。本当にその通りだと思います。
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――いろんな方向からの見方があるのが当然ですもんね。だから試合後に柴田選手が「以上!」って言って引き上げるのは、カッコいいです。
柴田
13巻、高橋君のプロレスの見方というものが、だんだん引き込まれていく場面がすごく面白かったですね。あと(プロレス)ビギナーの見方をして描いているのに、花咲君が「ブルームは僕でしたっ――!!」みたいな、あそこを表現できるのはすごいなと思いました。俺、このインタビューがあると聞いて、巡業中のバスの中で改めて読み返したんですけど、グワーッときますね、あそこ。
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――巡業中…何かいいですね。柴田選手は本隊から離れて移動とかもされているんですね。
柴田
しますね。新幹線が通っていれば新幹線で行っちゃいますね。キツくて、移動が…。
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――バス。
柴田
バスがキツイ。寝られないし、気を遣いますし。よく競走馬が、次のレース場に向かうために車に載せられているじゃないですか。道路ですれ違うと、馬の気持ちがすごくわかるんですよ。バスで8時間かかるところも電車なら2時間半くらいで行けちゃうわけですから、それならお金払ってでも3分の1くらいの時間で行けるし、着いたらジム行って、自分のペースで過ごしたほうが…とは思いますね。
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――前に天龍(源一郎)さんのインタビューを何かで読んだ時に、「天龍同盟でまずやったことは別行動。阿修羅(・原)とスーツケースを持って電車で。阿修羅とかが調べてくれるんだ。それをまずしないと、お客さんに嘘をついてしまうことになる」ってありました。
柴田
そうですね。俺もそれは徹底したかったんですよ。桜庭さんとやっていた頃は、ほぼ。まあ巡業も出ていなかったので、全部電車を使ってました。そのくらい徹底したかったんですけど、さすがにそうもいかなくて。
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――そうですよね。すごく近いとか、電車がないとか、夜中出るとか、そうなってくると…。
柴田
でも、巡業に出る道を俺は選んだので、妥協ではないんですけど仕方ない部分でもあり…。だけどそれ以上に、各地で試合をしたいという気持ちのほうが大きいので、その道を選びました。言われるんですよね、「ケンカ売りにきたのに、今では本隊バスでどーのこーの」って。いや、行けないから(笑)。じゃあもう試合できない、物理的に。それはもう、その人が点でしか見ていない。点でしか見ていないから、文句を言いたいだけだと思うんです。試合をしっかり観ている人は、絶対そんなことは言わないっていうことに、気付きました。
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――それがあったんで、天龍、阿修羅・原の天龍革命を思い出しましたね。自分でコインランドリー行って、洗濯して。
柴田
それはもう、自分でやるしかないですね。
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――昔は誰の付き人だったんですか?
柴田
藤波(辰爾)さんです。
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――藤波さんはそんなにうるさくないでしょ?
柴田
うるさくないですね。たまに「西村(修)! 西村!」って間違えられる。
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――アハハハ。
柴田
でもあれですね。プロレスを題材にした映画やマンガ、プロレスを表現する中で、わかる部分もあるんですけどそこは一緒にされたくないなっていうのはあるんですよ。だけど、『リアル』13巻はないですね。まったく、これはすごい。こういう表現されたら選手でも感情移入しちゃうっていう。白鳥に何ができるんだって、やっぱり最初は思うじゃないですか。足が悪くて。でもプロレスやってるんですよね。
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――そうですよね。白鳥の入場も、アンダー・テイカーみたいで(笑)。まず、立てないから、どうやって入れようかなっていうのは、井上さんと悩みました。
柴田
すごいですよね! そういうの。
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――そこ考えたら、神輿で入ってんじゃん、アンダー・テイカー! これだ!って(笑)。
柴田
でも、あれですよ。高橋君と花咲君のリングサイドでの会話がたまらないですよ。
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――「勝つスコーピオンはそりゃあかっこいい でも」って…。
柴田
「負けるスコーピオンも同じくらいかっこいい」…これは本当にグッときますね。やってて、それは…それはすごい切り口で、角度で。井上先生、プロレスやってたんじゃねえか? ぐらい。やってないとわかんない気持ちをよく出せるなって思いましたね。本当に井上先生に脱帽ですよ。
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――井上さん、柴田選手の試合が大好きです。
柴田
ありがとうございます。ホント、光栄です。
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――いろんな選手に話を聞いたり、話したりすることで、ストーリーはどんどん膨らみましたからね。車イスバスケットボールがメインであることに変わりはないですけど、こうやって全然他のジャンルっていうのもアリでしたね。
柴田
ビックリしましたもん。
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――フフフ。丸々1年間やりましたからね。始めは井上さんが格闘技を観ていたんで高橋の同部屋の人間は格闘家にしようという案もありました。でも身体がでかいMMA選手っていないじゃないですか。だから、「プロレスラーでいいじゃないですか」っていう話しをしたら、いつの間にか白鳥はプロレスラーになっていたという。井上さん自身もプロレスにハマって行ったので、最後の方はノッて描かれてましたね。「リアル」を描いてる時は仕事場の音楽がプロレスラーのテーマ曲でしたから(笑)。話は変わりますけど柴田選手、激しい試合が続いてますけど体調問題ないですか?
柴田
ケガは…治らないですね(苦笑)。たぶん、怪我でリングに上がれなくなった時に、やっと休めるんです。アハハハ。
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――心も身体も。
柴田
心も身体もリフレッシュ…リフレッシュっていうか、1回リセットするんだと思うんです。それまでもう、走り続けなきゃいけないですよ。
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――そうですよね。
柴田
怪我してようが、少しでも動けるんであれば、上がらなきゃいけないし。それもやっぱりプロレスラー。それが当たり前なんですよね。みんな新品の状態じゃないっていう。格闘技ってもう、その1試合に集中して、ベストなコンディションで挑むじゃないですか。で、1発で、花火もわーって終わる。プロレスはそうじゃないじゃないですか。巡業に出て、試合して試合して…で、ビッグマッチがあって。そこに至るまでの、なんかこう…。
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――試合→移動…大変ですよね。
柴田
そうなんですよ。毎日ですから。プロレスラーの大変さっていうのは、プロレスラーにしかわからない。
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――柴田選手は怒りやイライラを、リングにしっかり出してますよね。
柴田
出しますね。
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――それが面白いんだと思います、観ているほうにとっては。
柴田
そういうのを出すのがプロレスの醍醐味ですね。なかなか、一般社会で怒りを仕事に出すってないですから(笑)。
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――観ていて、内藤対柴田戦の一連の抗争が面白いのは…「なにモタモタしてんだ、この野郎!」だったり「早くリングに上がってこい!」とかの感情をさらけ出すというか。真っ正面から、おらーってやるところが面白かったんですよ。2人の闘い方が真逆というか。だから面白い。
柴田
いろんなヤツがいていいと思うし。俺は人のプロレスを否定はしないんですよ。だけど、やるってなった時に、俺のプロレスをするっていうのは決めていて。そこのぶつかり合いだから面白いんでしょうね。
編集
――ですね。だと思います。外国人とやる時って難しいじゃないですか。でも日本人だとね、お互いにこう…。
柴田
そうですね。特に感情がむき出しですし、外国人だと結構ドライな気持ちで…。
編集
――仕事っていう感じ。もちろん違う選手もいるでしょうし。
柴田
そういうのも相手にしてどういう(闘いを)…っていうも、またプロレスです。
編集
――そうですね。
柴田
奥が深いですよ。
編集
――非常に奥の深いインタビューで…ありがとうございました。
柴田
こちらこそ、ありがとうございました。

柴田勝頼(所属:フリー)

1979年11月17日三重県出身。183cm95kg。血液型A。
デビューは1999年、新日本プロレス、後楽園ホールにて対井上亘戦。2005年に新日本プロレスを辞め、ビッグマウスラウド(2006年まで)、総合格闘技参戦を経て、2012年から再び新日本プロレスを主戦場に。荒武者・後藤洋央紀とは高校時代の同級生。2015年のイッテンヨン東京ドーム大会で、その盟友・後藤とのタッグでIWGPタッグ王者になるも2月の初防衛戦でカール・アンダーソン&ドグ・ギャローズ組のリマッチに敗れる。2015年は桜庭和志、内藤哲也らと抗争を繰り広げ、今年のイッテンヨンでは石井智宏のNEVER無差別級選手権試合に挑み、ドームを揺るがす熱闘の末、17分19秒見事PKでシングル王座初戴冠を果たす。
得意技はPK、スリーパーホールド、ドロップキック他。

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