『リアル』Vol.14 特設サイト

障害者スポーツの真実

REAL×TALK [井上雄彦×香西宏昭]

初めての出会いはヒロが13歳の夏の札幌…。その時の天真爛漫だった少年が、北京、ロンドン、リオと3度のパラリンピックに出場し、今やシンペーJAPANのエースとして、コートを支配する。ヒロの成長をずっと見守ってきた井上雄彦。どこまでも高いスカイツリーの下、じっくりとリアルトーク!!

©I.T.Planning,Inc.
撮影/細野晋司 構成・文/市川光治(光スタジオ)
取材・文/名古桂士(X-1) 写真/伊藤真吾(X-1)

涙も苦しみも糧にしてヒロは16年間真っ直ぐ歩んできた

井上
最初に会ったのは札幌のJキャンプだよね。
香西
そうです。2001年です。
井上
まだ子どもだった。
香西
13歳でしたね。まだバスケを始めたばかりでした。
井上
あのときは僕も車イスに乗って参加して、両手にマメが15個くらいできたんだよ。手の皮がめちゃくちゃむけた。
香西
それだけ頑張ったっていう証拠ですね(笑)。
井上
そう、頑張った。でも、もう二度とやらないぞって思った(笑)。
香西
井上先生に声をかけてもらったのを覚えてますよ。マンガ家さんとお会いするのも初めてだったんで、家に帰ってから姉の集めてた『スラムダンク』のコミックスの著者写真で顔を確認しましたから(笑)。
井上
僕もヒロ(香西)のことは覚えてるよ。でも、その時から印象があまり変わってないんだよね。悪い意味じゃなくて、いい意味で。
香西
いやあ。この間、29歳になったんですけど(笑)。
井上
おめでとう!
香西
29歳ってもっと大人だと思ってたのに、なんかいつからか変わってないような気がして…。
井上
同じだよ、半年前に50歳になったんだけど…思ってたのと違う、こんなんじゃないって。この歳でアイスを食うとは思わなかった(笑)。
香西
いくつになっても変わらないんですね(笑)。
井上
アメリカのイリノイ大学に進学したきっかけも、あのJキャンプだよね。
香西
マイク・フログリーとの出会いですね。
井上
やっぱりそこがヒロの原点。
香西
僕の中でマイクの存在は特別ですね。マイクは13歳の僕をイリノイ大に誘ってくれて、その後も高校卒業までメールや晋平さん(及川晋平日本代表HC)を通じたメッセージで、ずっとコンタクトしてくれていました。全部英語だから辞書で調べたり、英語の先生に教えてもらったりして読解しましたね。だから英語の成績だけは悪くなかったですよ。
井上
マイクは指導者としての晋平の師匠でもあるよね。
香西
そうです。僕は日本ではマイクの弟子の晋平さんに教わって、イリノイ大でマイクに直接指導を受けたわけです。遺伝子が濃いですね。
井上
イリノイ大でヒロを育ててみたいと思ったマイク、ヒロが成長するにはイリノイ大に行くべきだと思ってた晋平、2人の思惑がずっと一致してたんじゃないかな。
香西
2人は時間をかけて僕の考えを固めていったんでしょう。
井上
魚を追い込むかのように。
香西
そう、その言い方ピッタリです! 大人にうまく操られた…。

自分を変える大きなチャレンジ、井上先生に見届けて欲しい

井上
最終的にはイリノイには何年いたの?
香西
コミュニティカレッジに2年半、イリノイ大に編入して3年半です。
井上
コミュニティカレッジからイリノイ大でレッドシャツ(※1)的な感じで練習してたんだね。
香西
そうです。
井上
「スラムダンク奨学金」でアメリカに行った選手たちの話を聞くと、やっぱり最初はみんな苦労してる。アジアからの選手だということで軽く見られて、なかなかパスがこなかったりね。それはなかった?
香西
その点は、僕はあまり気にならなかったですね。
井上
周囲を納得させる力があったっていうことじゃないかな。最初にコイツはできるっていうのを見せたら、やっぱり一目置かれるから。
香西
そうなんですかね~(笑)。
井上
編入してすぐに主力として活躍して全米大学選手権優勝。その後は日本人ながら名門チームのキャプテンも任されて、2シーズン連続でMVPも獲っているし。
香西
キャプテンだったのは3シーズン目から2年間です。1、2年生が多くて僕が年上だったからですよ。
井上
イリノイ大は勉強も大変だって聞いてたけど、ちゃんとバスケと両立したのもすごいよね。
香西
卒業できなかった仲間もいます(笑)。僕はマイクに誘ってもらってイリノイ大に入ったから、単位も落としちゃいけないし、絶対に卒業しないといけないと思ってましたから。どんなに練習がキツくても授業は出席したし、宿題もやってました。
井上
アメリカの大学は成績が足りないと試合に出場できなくなるからね。その姿勢こそがアメリカの大学スポーツの理念なんだろうね。
香西
大学選手権優勝が一番で、卒業できたことはその次にうれしかったことですね。僕の卒業と同時にマイクもイリノイ大を離れて、カナダの車イスバスケのナショナルアカデミーの仕事に専念することになりました。「一緒に卒業だね」って2人で話をしましたね。
井上
きっと、ヒロの卒業を待っていてくれたんだよ。
香西
僕もそう思います。
井上
その後の進路としてドイツリーグを選んだのはどんな理由から?
香西
まず1年目から試合にたくさん出られて、プロ選手として契約してくれるチームを探しました。
井上
ヨーロッパはプロリーグがいくつかあるの?
香西
各国にリーグがありますけど、アマチュアのクラブチームにスポンサーがついていて、その資金で助っ人外国人選手をプロ契約で何人か連れてくるという感じですかね。
井上
なるほど、プロ選手はいるけどプロリーグではないってことか。
香西
そうです。そんなリーグがいくつかあって、最初はイタリアやスペインのチームと話をしたんですけど、口約束が多くて内容が怪しかったので契約しなかったんです。それで、イリノイ大卒業生のドイツ人選手が自分のプレーするハンブルクを紹介してくれました。
井上
ハンブルクは強かったの?
香西
1部と2部を行ったり来たりでしたけど、これからプロ選手を入れて優勝をめざしたいということでした。チームの組織や契約内容もしっかりしていたので、このチームでやってみようと決めたんです。最初のシーズンはひとりでしたけど、レオくん(藤本怜央)が来て、次にミッチー(千脇貢)が来て日本人3人になりました。
井上
在籍した4年間でハンブルクは強いチームになったんだね。
香西
選手補強もありますけど、ドイツリーグで上位に定着して、昨シーズンはヨーロッパベスト8まで行きました。このチームでの役割は果たせたかなということで、来シーズンは同じドイツリーグのランディールというチームへ移籍します。
井上
そこはどんなチームなの?
香西
昨シーズンのドイツリーグ王者で、ドイツのカップ戦も優勝、ヨーロッパベスト4のチームです。戦ってみていいチームだなと思って、いつかプレーするチャンスがあればいいなと考えていました。
井上
ヨーロッパ王者として、北九州チャンピオンズカップにも来たことあるよね。本拠地は?
香西
フランクフルトから1時間くらい東に行ったあたり…らしいです。小さい街なんですけどファンが熱狂的で、多い時は観客が4000人近く入ったこともあったそうです。
井上
えっ、4000人!?
香西
ハンブルクは観客が入っても400人くらいだったんですけど、ランディールのホームゲームはパンパンに入っている感じです。まだ正式に決まる前に、地元の新聞に移籍のニュースがすっぱ抜かれたらしいです(笑)。
井上
車イスバスケ選手の移籍が新聞に載るんだ。それ、すごいことだよね。
香西
ファンはみんな「俺たちの街のチーム」って感覚なんでしょうね。今回の移籍は、僕にとって大きなチャレンジになると思います。その熱狂的な応援のホームゲームを井上先生にも是非、見てもらいたいです。

その道は2020へ真っ直ぐ続いていく

井上
リオで話を聞いたとき、1、2戦の敗戦がすべてで、それは自分のせいだって言ってたけど、1年経ってその思いは変わらない感じ?
香西
変わらないですね。副キャプテンで、レオくんと2大エースと言われてその自覚もあったし、すごく責任を感じました。苦しんだけど、その結果、自分自身でたくさん気づけたことがありました。
井上
ヒロはリオでいろんなものを背負って戦ってた。初めて本当の意味でのチームの中心としての立場で出たからこそ、自分自身を知る機会にもなったっていうことだね。
香西
次の東京ではもうこんな思いはしたくないからメンタル、フィジカル、栄養など各分野のプロについてもらう体制を整えて、すべてを変えようと取り組んでいます。肉体改造の効果も実感できるようになってきましたね。
井上
ヒロのプレーを観るのが楽しみになってきたよ。
香西
もうすぐワールドチャレンジカップがあります。この大会は強豪が揃っていますから、日本の現在地がリアルにわかると思います。ここで勝てればチームにとって大きな自信になります。
井上
秋には世界選手権AOZ予選が北京であるしね。
香西
来年の世界選手権は古巣のハンブルクで開催なんですよ。だから、なんとしても出場権を獲りたいです。やりますよ!
仲間と海外で…その夢が叶った!!

香西宏昭

1988年千葉県出身。クラス3.5/SF
NOEXCUSE所属。名将マイク・フログリーと及川晋平の2人を師に、世界的プレイヤーへ成長した日本のエース。

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