『ゲキドウ』by presents ヤンジャン演劇広報部 vol.1 南極

『ゲキドウ』のスタートに連動し、本連載では今まさに演劇界で注目を集めているホットな劇団のインタビューをお届けします。記念すべき第1弾は関西発、上京後早くも多くのファンを動員し、前作『wowの熱』をはじめ公演の度にタイムラインを熱狂的に賑わせる南極が登場! 作・演出を手がけるこんにち博士さんに劇団や演劇の魅力を聞きました。

撮影◎関口きらら インタビュー写真撮影◎松田嵩範 文・構成◎丘田ミイ子

――連動インタビュー企画ということで、まずは『ゲキドウ』の感想をお聞かせいただけますか?

面白く読ませていただきました。野球部の子が主役なのがいいなって思いましたね。僕も高校の時は陸上部だったんですけど、演劇部の友達はいても部活動を見に行く機会はなかったですし、その接点のなさが描かれているのも興味深かったです。文化部に対して運動部が「自分たちの方がイケてる」っていう風に感じている描写もあって、そういう生々しさも込みでリアルでした。特に演劇部と野球部って対極くらいかけ離れているイメージなので、その組み合わせが面白い。現実ではなかなか起こり得ない、互いの距離がここから縮まっていくという予感に「物語」というフィクションならではのワクワクを感じました。

――『ゲキドウ』では演劇の道へと駆け出す初期衝動が描かれていますが、こんにち博士さんが演劇に魅了されたきっかけはどういうものだったのでしょう?

「この瞬間に決定的に演劇に魅了された!」というきっかけは特になく、どちらかというと、緩やかに演劇が自分の中に取り込まれていったような感じでした。関西出身ということもあり、子どもの時から吉本新喜劇を見たり、小学校行事で演劇を観たり、生活の中で舞台に触れることはあったんですけど、まさか自分が劇団をやるとは思ってもなかったですね。大学でも映画サークルに入るつもりが、気がつけば流れで演劇サークルに入っていた感じで…。中学を卒業するまでは自分は恐竜博士になるものだと思っていたんですよ。なので、今は演劇の中に恐竜を登場させたりして、その頃の気持ちを消化したりもしています(笑)。

――なるほど! “博士”はそこからきているのですね(笑)。こんにち博士さんが演劇づくりにおいて大事にしていることはどんなことですか?

台本を書くときは物語先行というよりも、人物先行で進めて行くことが多いですね。基本的には当て書きで、俳優本人の普段の感じやその時抱えている感情を大事にしています。だから、『ゲキドウ』で演出家の子が主人公の内なる葛藤を引き出そうとするアプローチにはすごく共感しましたし、自分が創作のスタートやゴールにしているところにも近いと感じました。あと、演劇って瞬間瞬間のやりくりというか、実現したいシーンをメンバーみんなでどうにかこうにか叶える作業だなって思っていて、そこに面白さを感じているんですよね。

――たしかに南極の演劇は舞台美術や衣裳も含めとことん追求して、不可能を可能にしている印象があります。それこそ恐竜や平熱45度を超える中学生が主人公だったりと、ユニークな発想も魅力ですよね。

高校までは映画監督になりたくて、とりわけ『ジュラシック・パーク』が大好きで、あんな作品が撮りたかったんです。でも、ああいった特殊技巧をフルに使った映画を日本で実現するのはすごく難しい。でも、演劇だったらそれが叶うかもしれないと思ったんですよね。恐竜が出てくるとか、平熱が45度あるとか、物語の舞台が宇宙や海であるとか…。そういう映像で実現するのは難しい非現実的なことも、演劇だったら「ここは海です」と言ってしまえば、そこが海になるみたいなことがギリギリ起こせると思うんです。映像ではできないことをやりたいですし、演劇だからこそ通用することを積極的に盛り込んでいきたいと思っています。

――『ゲキドウ』は演劇を作ることや舞台に立つことが与える力や癒しも一つのテーマになった物語ですが、日々の創作や上演の中でそういう力を感じることはありますか?

メンバーや自分を当て書きして人物を描くときに「その人のかっこいいところを描こう」という気持ちは全くなくて、むしろちょっと弱い部分や恥ずかしいところにチャーミングさを感じて人物像に盛り込むことが多いんですよね。だから、南極の演劇に出てくるキャラクターはみんながちょっと身勝手で不器用なんですけど、そういう人間の弱さを否定することなく描き、そのありのままの存在を見せる、ということがやりたいと思っていて…。物語に救いや癒しを見出す感覚はないのですが、「ウィークポイントをチャームポイントとしてとらえることで人間を愛らしく描きたい」という思いはあるかもしれません。

――メンバーの個性が作品を豊かにしていることが伝わるお話です。

南極は稽古や公演以外の時間も一緒に過ごすことが多いのですが、当て書きとそれを元にした人物をみんなで演じることで、ウィークポイントがより愛らしく見えてくる現象があります。それによって揉め事が起こりにくいっていう副産物もあるかもしれないですね(笑)。例えば、せっかちなところとか、おっちょこちょいなところとかも、互いにある程度懐深く受け入れられるというか…。自分もまたメンバーにそのように受け入れてもらっているのだとも感じます。

――南極は大所帯の劇団ですが、メンバーを固定して演劇を作る上での魅力やメンバーとだからこそ起こせるミラクルな瞬間はありますか?

めちゃくちゃあります!メンバーは10人なのですが、舞台監督、音響、照明、美術といったスタッフチームも最近はどんどん固定化していて、長く一緒に創作をしているからこそ生まれるグルーヴ感をすごく大事にしているし、南極の作品の個性や魅力はそれによって成立しているとも痛感します。例えば、「ここを海にします」といった風景を舞台上に作ろうとした時に、そのイメージの共有がすごくスムーズなんです。時間をかけて話し合わずとも、肌感で伝わるレベルになってきている。演劇はいくつもの嘘の条件をお客さんに見せないといけないので、その前段で創作に携わる全員に同じものが見えているということはすごく大きな強みじゃないかなと思っています。

――メンバーやスタッフさんとともに過ごす時間の蓄積や濃度が伺えるエピソードです。

最近は演劇公演をするにあたって、プロデュースユニットや公演毎に人を集めるスタイルも多く、「劇団」という在り方自体が少なくなっています。僕達のような大所帯の劇団はまさにその逆で、決して効率がいいわけではないし、経費や運営面で苦労することも多いです。でも、みんなで劇団をやるからにはどんどん非効率の方に舵を切っていきたいし、極力消費的でないことを選んでやっていきたい。

「この集団はなんでこんなところにこんなにも時間を使っているんだ!」という盛大なボケに南極の総力を上げて取り組んでいきたいですね。それは美術や小道具のこだわりにも通じていて、「しょうもないことにめちゃくちゃ労力をかけてるな」と思ってもらえたら本望というか…(笑)。あらゆる物事の消費スピードが上がっていく世の中だからこそ、そういう自分たちの非効率な在り方をお客さんが面白がってくれているのではないかという風にも感じています。

――大盛況となった前作『wowの熱』では、そんな手づくりの美術や小道具も劇に大きな効果をもたらしていましたし、メンバーが本人役として登場されていたこともあり、南極ならではの温度感のあるグルーヴが客席にも伝わってくるようでした。

南極は今年に入って法人化したこともあって、オフィスにみんなが集まることも増えましたし、それこそ旅行に一緒に行ったりもしていて、ここ最近は特に生活と創作を横断して多くの時間をともに過ごしているんですよね。舞台に立っている時間とそうではない普段の時間があって、その往復の中でそれこそ「フィクションと現実の境目」が溶けていくような瞬間がある。そこに面白みを感じているからこそ「当て書き」ができるのだとも思います。さっきまで一緒にご飯を食べていた人と舞台上でお芝居するということを繰り返している内に「一緒にやっているんだ!」という感覚すらも徐々に薄れていくような…(笑)。そのくらいの存在や関係になってきている気がします。楽屋で直前まで話して、出番になったら舞台へと飛び出していく。そんな風にバンドのような団体になっていけたらいいなとも思いますね。

――世の中の効率化に逆行して、自分たちのスタイルを極める。そんな劇団の在り方には舞台上で生み出される演劇と同じくらいのエネルギーを感じます。

時代的にはリモートでやれることも沢山あるんですけど、わざわざ一緒にご飯を食べて、いちいち一緒にオフィスに行って、ああだこうだ言ったりやったりする。そういう時間を共有しているからこそできる創作を極めていきたいですし、それによって舞台上でも唯一無二のことができるようになりたいですね。効率化が進む世の中で、非効率を極め、グルーヴに特化した劇団が日本に1個ぐらいあってもいいんじゃないかと(笑)。そんな気持ちで今後も自分たちのスタイルを追求していきたいです。

――南極の劇団力、その秘訣の一端を伺えるインタビューでした。最後に今後の展望をお聞かせいただけますか?

演劇を観たことがない人や興味がない人にこそ、観て、楽しんでもらえるような作品を目指しています。年齢や、国籍や、ジャンルを飛び越えて、新しいウェーブを南極から生み出していきたいです。9月には「ビジュアル演劇」という新概念を打ち立て、彩の国さいたま芸術劇場で新作を上演します。ある目的で宇宙からやってきた宇宙人たちが地球を観光する物語で、視覚的にも楽しめる演劇なので子どもから大人まで楽しんでいただけたらと思います!

劇団プロフィール

南極(なんきょく)
とびきりキュートな10人によるゆかいな劇団。2020年春の誕生以来、“どきどき、わくわく、ちょっとこわい”演劇をつくっている。
公演・配信情報などは公式Xアカウント(@Gekitin555)から。

新作情報

南極 第8回本公演
『ゆうがい地球ワンダーツアー』
2025年9月4日~9月7日
@彩の国さいたま芸術劇場 小ホール

演劇ライター・丘田ミイ子の[南極]レコメンド

ヤングジャンプ読者の皆様、はじめまして。演劇ライターの丘田ミイ子です。思いがけず演劇の道に進むこととなった主人公・真柴緑太郎と仲間達の日々を描いた『ゲキドウ』。その劇的な展開に、演劇ファンの一人として早くも夢中になっています。本連載ではそんな漫画の魅力と連動して、個性溢れる劇団の皆様と“演劇シーンの今”をお伝えできたらと思います。

初回に登場いただいたのは、多方面から熱い視線を注がれている劇団の一つ、南極。2020年、コロナ禍の極めて厳しい演劇世相の中、彗星のごとく現れ、たちまちそのド真ん中で新風を吹かせまくっている眩しく、熱い若手劇団です。南極の魅力はなんと言ってもハード面・ソフト面ともに抜かりのない圧倒的なデザイン力の高さ。その個性はビジュアルやグッズのみならず、舞台上の隅々にまで発揮されています。

恐竜たちの通う高校を舞台に青春の終焉と世界の終末をともに立ち上げた『バード・バーダー・バーデスト』や、メンバーが本人役として登場したSFメタ演劇『wowの熱』など、ユニークな劇世界にファンが急増中。前作では開幕を前にチケットはほぼ完売、当日券を求める人々も加わり、劇場は超満員に。「実現不可能なのでは?」と思う風景を全員のエネルギーによって舞台上に爆誕させてしまう。そんなマジカルな集団です(次作は宇宙人の物語を上演するそうですが、すでに南極には秘密の能力を持った宇宙人が紛れているのではないかと思ってしまうほど!)。

メンバー10名はそれぞれが一度見たら忘れられない、愛すべき曲者ばかり。イラストや音楽など、一人ひとりの特技を活かしたバンドさながらのグルーヴ感と誰もが引けを取らない粒立った存在感も魅力です。南極の演劇を観ると、「人が一つの場に集うこと」の喜びと煌めきと愛おしさに胸がいっぱいになります。まさに全員野球ならぬ、全員演劇。演劇を観たことのない人にこそオススメしたい!そんな劇団です。

丘田ミイ子プロフィール

『SPICE』、『ローチケ演劇宣言!』、『演劇最強論-ing』、演劇批評誌『紙背』などの演劇媒体を中心に、劇作家や俳優のインタビューや公演の劇評を多数執筆。CoRich舞台芸術まつり!や東京学生演劇祭の審査員も務める。

新連載『ゲキドウ』第1話の続きはこちら!

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