本連載では今まさに演劇界で注目を集めているホットな劇団のインタビューをお届けします。第12弾は、一切の説明を削ぎ落とした全編茨城弁の純会話劇で観客を魅了する劇団普通が登場。まるで隣家の茶の間を覗き込んでいるかのような手触りのある生々しさ…。リアリティをとことん追求した劇作や、東京と茨城の二都市で上演される待望の新作『季節』の見どころに迫るべく、作・演出の石黒麻衣さんに話を聞きました。
撮影◎松田嵩範 文・構成◎丘田ミイ子

社会人になってから演劇を始めて…
――あまりにリアルな会話劇に近年ますます注目が集まっている劇団普通ですが、そもそも石黒さんが演劇の道を志すに至るにはどういう経緯があったのでしょう?
私はスタートが遅く、20代後半から演劇を始めたんですよ。高校や大学でも何かしらの部活やサークル活動を熱心にしていたわけでもなく、卒業後も普通に就職をして会社員をしていたんです。当時の仕事がプログラマーで勤務中は声も出さないし、体も動かさないので「ちょっと体を動かしたいな」と思い、演劇教室を検索したことが最初のきっかけでした。
アングラ劇団の主宰の方が「誰でも、いつでも来てOK」っていう感じで開いていた教室だったので行きやすかったんですよね。見学だけのつもりが、いつの間にか本読みに混ぜてもらっていて、次の週も行くことになり、あれよあれよとワークショップ公演にも出ることになって…。最初はとにかく驚きの連続でした。
――社会人になってからのスタートだったのですね。ちなみに、当時の演劇に対する「驚き」とは具体的にどのようなものだったのですか?
ワークショップ公演に声をかけてもらった時に「誰でも出ていいんだよ」って言われたんですよ。まず、そのことにすごく驚きました。演劇って、当日にまずその人が来ないと成立しないのに、つい2ヶ月前に入った私が役をもらって、舞台に出て…。「そんなこと、本当にいいのかな?」と戸惑いつつ、同時にそんな風に思ってもらえていることの感動もありました。なんというか、こんなにまっすぐと信頼されることってなかなかないですから(笑)。何年もかけて信用を築いて、やっとちょっと役をもらえる世界なのかなと思っていたら、本当に何の疑いもなく自分のことを信じてくれて、すごい世界だと思いましたし、その分責任も感じて、一生懸命臨んだのを覚えています。
――その後、石黒さんは俳優として活動されながら、劇団普通を主宰し、劇作家としても活躍されています。作・演出を手がけるようになるには何かきっかけがあったのでしょうか?
その教室内で「15分の1人芝居を作ってみる」取り組みをやった時に「作るのも楽しいかも」って思って、同じ教室に通っていた女性と「自分たちでもちょっとやってみようか」と旗揚げ公演をやってみたのが劇団普通の始まりでした。当時は方言ではなく、標準語のお芝居をしていたのですが、その頃から「いかにしてリアルな会話は再現できるのだろう?」ということを考え続けているような気がします。出発点と着地点だけを作ってほとんどエチュード(即興)で作ってみたり、情報を極限まで排除した芝居を作ってみたり、逆に台本を読んだだけで心情がわかるくらい多分に語りを入れてみたり…。
客席との距離感も含めて「どうしたらリアリティのある情報量や応答がお客さんに伝わるか」を考えて実験を重ね、一つの形態に辿り着いたのが『病室』という作品でした。初めて全編茨城弁で上演したターニングポイントであり、新作『季節』にも影響を与えている作品です。

『季節』は各々の孤独を抱える男たちを巡る会話劇に
――患者やその家族の日常会話によってあぶり出されていく人々のリアル…。初めて『病室』を観劇した時の衝撃は今でも覚えています。新作『季節』ではどんなテーマで劇作をされているのでしょうか?
今って、価値観が転換している過渡期の時代だと思っていて、『季節』を書くにあたって、その過渡期というものがどういう風に訪れるのか、っていうことを考えたんです。最初は「山を描くようになだらかなグラデーションとしてそこに辿り着くのかな」って思っていたのですが、実はそうではなく、「過去の価値観と新しい価値観は点在していて、その境目が水と油みたいに割とくっきりしているんじゃないかな」っていう風に考えたんですよね。
例えば、東京で暮らしている自分には当たり前のことが離れて暮らす両親やきょうだいにとってはそうではない、みたいなことってあると思うんですよね。そしてそれはもちろん逆も然りで…。情報の入り方も置かれている環境も人それぞれだと思うのですが、田舎の家族や親族間には特に、新しい価値観とアップデートができない価値観が本当に油と水が隣り合うように近く存在している。改めてそんなことを認識しながらこの作品を書きました。
――『季節』では、家族や親族の中でも兄、叔父、従兄弟など、似ているようで少しずつ異なる事情を抱えた男たちに焦点が当てられるとのことですが、そこにはどんな思いがあるのでしょう?
『病室』では4人の男性の入院患者を主軸にその周辺の家族を描いたのですが、その時に「男性の描き方がリアル」、「なんでこんなに男性のことがわかるの?」といった感想をお客さんからお寄せいただいて…。当時の私はそんなに強く意識をしていたわけではなく、田舎の父ちゃんたちを見たまま描いた感じだったのですが、むしろその声や反応に私が色々考えさせられて、そこから新たに生まれたのが『季節』という作品でした。
田舎で暮らす男性間にも少しずつ価値観の違いはあるのですが、一つの傾向や特徴としては、自分を表現したり、思っていることを他者に話したりする機会が少ないんですね。そして、それによって各々が少しずつ孤独を抱えてしまう。そうした男性性をめぐる状況そのものを描けたらと思っています。また、男性間の関係性はそれぞれの家族間との関係性との相互作用によって変わってくるとも思うので、そういった様相についても考えながら創作しています。
――過去作に寄せられた感想や反応からまた新たな作品が生まれる。石黒さんのお話を聞いて、そうしたコミュニケーションもまた演劇ならではの魅力かもしれないと感じました。
公演に寄せていただいた感想を読む度に「お客さんって本当にすごい!」って思うんですよね。私の作品は物語をストレートに描くタイプの演劇ではないので、状況説明がほとんどないんですよ。にもかかわらず、人々の関係性や感情の変化をすごくよく見て下さっていて、ほとんど正解に近い答えに辿り着いて下さるんです。むしろこちらがお客さんに「なんでわかったんですか?」って聞きたくなってしまうくらいで…(笑)。
そういう意味ではキャストやスタッフのみなさんも最初の観客として毎回貴重な感想や反応を下さっています。物語や人物がどんな風に見えているのかをすごく勉強させていただいていますし、執筆が孤独な分、俳優さんと話しながら作れることの喜びが大きいですね。

劇団普通、そのリアルさの追求は“普通”じゃない?!
――石黒さんが戯曲の執筆において大切にしていることはどんなことでしょうか?
戯曲はなるべく嘘のないように書こうと思っています。例えば、書いている途中に「ちょっとこのシーン長いから会話を展開させた方がいいのかな」って思った瞬間にハッと我に返って、「嘘だ、ここでこんなことは絶対に言わない」、「この流れでそんなことはしない」と思うんですよね。そんな風に役の感情の流れもできる限りリアルを追求したいと思って一つひとつのセリフやシーン書いています。
――あの生々しい会話の源流に触れたような思いです。稽古場での創作はどのように進められているのでしょうか?特徴があれば教えて下さい。
稽古場で俳優さんたちと台本を読んでいると、自然と感想を共有し合うみたいな時間になっていくんですよね。私から「感想をお話して下さい」とお願いするでもなく、誰からともなく「自分の家でもこうだった」とか「私はそうでもなかったな」みたいな話が出てきて、作品や役への理解が深まっていることがとても有難いと思っています。
戯曲と同様に、稽古でも「段取りをつける」ということをできるだけしたくないので、共有をみんなで積み重ねる時間が本当に大切で…。不思議な作用なのですが、そうしている内にお芝居にも一体感が生まれてきて、生々しい家族の会話にどんどんなっていく。そして、気がついたら、私がいなくても勝手に稽古が進んでいる。公演間近になると、ふとそんな瞬間が訪れるんです。自分の頭の中にしかなかったものがそうやって形になっていく瞬間は本当に贅沢ですし、俳優さんの技術や努力を痛感します。だからこそ、そこに行き着くまでのコミュニケーションをできるだけ大事にしていきたいと思っています。
――最後に、石黒さんが思う演劇の魅力、そして劇団普通ならではの個性や見どころを教えて下さい。
公演には多くの人が関わっていて、各々の技術や責任みたいなものもあるとは思うのですが、一方で、一人でもやろうと思ったらできて、いつ誰がどこで始めてもいい。いつ始めても遅くない。そういう意味で、信じられない程幅が広く、自由度が高い表現だと思うんですよね。私のように社会人として勤め続ける道もあったような人間が、ひょんなことから演劇を作って、それを通じて多くの人にお会いすることができる。それって本当にすごいことだなって思います。
楽器を弾くとか、絵を描くとか、運動するとかと同じように、演劇が趣味としてもっと広まったいいな。みんな一回やってみたらどうかな。そんな風に思っています(笑)。その上で、劇団普通の演劇の個性は「こんなに普段のままで舞台にいてもいいんだ」と思うようなリアルさ。日常と地続きであることだと思います。例えば、田舎の家の隣の座卓で話している会話をそのまま聞いているような。そんな演劇体験を届けられたらと思っています。

複数の家族が交錯する病室に見るそれぞれの家族の形、久しぶりに集う親戚間に流れる独特の空気や景色、離れて暮らす時間が長くなればなるほどに、実家の親に言えないこと、言っても伝わらないことが増えていくやるせなさ…。劇団普通の演劇に出てくるのは、そんなどこの家庭にもありそうな出来事と、どこの家族にもいそうな人々。だけど、そこには他のどんな演劇でも観たことのない行間の手触りがあり、そのあまりに生々しい筆致には思わず息を飲んでしまいます。小さな会話の連なりによってあぶり出されていく、その実“普通”では成立できない心象風景の数々。劇団普通の演劇を観る度、私はこんな戸惑いに近い感動を覚えます。
「さして大きなドラマは起こらないのに、なぜこんなにも記憶が泡立ち、心が波立つのだろう?」
それは例えるなら、実家から東京に戻る時に感じる漠然とした安心と孤独。疲弊と寂しさ。煩わしさと愛おしさ…ある地方の、ある家族の、ある日常を切々と映し出す演劇がやがて、誰かの故郷の、家族の、日常と重なり合う。劇団普通の演劇ではそうした不思議な邂逅が起こるのです。
家族の肖像を照射する緻密な作劇。説明台詞を削ぎ落とし、人々の本心すら端的には表されないにもかかわらず、家族の中に漫然と横たわる不和や愛着が浮かび上がること。言うことよりも言わぬ/言えぬことに核心があり、沈黙や行間の静けさこそが雄弁であること。人が言葉を口にすること、話すことを見聞きするのが会話劇だと思い込んでいた私にとって、まだ言葉になっていないこと、話されていないことにも生の実感を握らされる劇団普通の会話劇は、ある種の革命でした。そこに「ない」ものを「ある」と感じること。それが演劇の起こせる一つの魔法だとしたら、劇団普通の魔法はとても強力。そんな演劇に立ち会う時、瞬間を目の当たりにする度、私は毎度ながら「なんて純会話劇なのだ!」と感嘆せずにいられないのです。
そして、特筆を忘れてはならないのが、一切の装飾に頼らぬ言葉を、会話を饒舌な風景として立ち上がらせる俳優の最適な出力。「俳優とは職人である」。そんなことを痛感するのもまた劇団普通の演劇ならではの魅力です。待望の新作『季節』も類にもれずの名優揃い。年末帰省直前に、心して戸惑い、心を動かされに行く覚悟です。
丘田ミイ子プロフィール
『SPICE』、『ローチケ演劇宣言!』、『演劇最強論-ing』、演劇批評誌『紙背』などの演劇媒体を中心に、劇作家や俳優のインタビューや公演の劇評を多数執筆。CoRich舞台芸術まつり!や東京学生演劇祭の審査員も務める。
劇団プロフィール
石黒麻衣(劇作家・演出家・俳優)主宰の団体。 2013年旗揚げ。家族やきょうだい、友人のような身近な人々の日常を独自の緊張感とリアリティを追求した会話で描く。近年は、『病室』をきっかけに出身地の茨城弁による全編方言芝居を主に上演している。2021年にMITAKA“Next”Selection 22ndに選出。『秘密』が佐藤佐吉賞2022にて最優秀脚本賞、王子小劇場 2022年度支援会員賞を受賞。2025年5月に『秘密』を再演し、石黒麻衣が「第33回読売演劇大賞」中間選考会にて上半期の演出家賞ベスト5に選出される。
新作情報
世田谷パブリックシアター フィーチャード・シアター 劇団普通 『季節』
作・演出:石黒麻衣

【東京公演】
- 日程
- 2025年12月5日(金)~12月14日(日)
- 会場
- シアタートラム
【茨城公演】
- 日程
- 2026年1月17日(土)14時
- 会場
- 水戸芸術館 ACM劇場
- 出演
- 野間口 徹 川島潤哉 中島亜梨沙 金谷真由美 岩瀬 亮 細井じゅん 安川まり 用松 亮














































