障害者スポーツの真実

東京パラリンピックへ──車いすバスケ選手たちの現在地

新型コロナウイルス感染症の影響で車いすバスケも長期にわたって活動がストップした。
まだ収束は半ばだが、1年延期された東京パラリンピックに向け、ようやく男女日本代表も再始動。
バスケのできない日々の中、あらためて『リアル』を読み返したという選手たちが、自分にとっての『リアル』と、東京パラリンピックへの想いを語る。

週刊ヤングジャンプ48号(2020年10月29日発売)掲載
撮影・取材・文/名古桂士・伊藤真吾(X-1)
構成・文/市川光治(光スタジオ)
撮影/細野晋司
 
赤石竜我RYUGA AKAISHI
20歳/クラス2.5/フォワード/埼玉ライオンズ
トップレベルのスピードを誇る若きスピードスターが世界を知って覚醒。
ディフェンス力も高い。

「苦しかったです。バスケができないことのストレスが…」と声を絞り出すように赤石竜我は話し始めた。
車いすバスケ日本代表は、3月から強化合宿と国際試合をびっしり詰め込んで、東京パラリンピックを迎える予定だった。しかし、新型コロナウイルス感染症による世界的なパンデミックで、東京オリンピック・パラリンピックの1年延期が決定。日本代表のスケジュールも白紙となり、緊急事態宣言以降は、所属クラブの練習場所も閉鎖されてしまった。
「大学の勉強とバスケの両立は大変で、愚痴ることもありました。それが、いきなり練習できなくなった。思い切り走れないし、ドリブルもできないし、シュートも打てない。そうなって初めて、バスケ漬けの毎日が贅沢だったんだとわかりました。多くの人のサポートがあって、その環境があったことも再認識できて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。練習が再開したら、ひとつひとつのプレーをもっと大切にしようと思いました(赤石)」
バスケがしたい――。赤石のあふれ出すバスケ欲求を満たしてくれたのはマンガだった。
「まず『スラムダンク』、そして『リアル』を読み返しました。『リアル』は僕が小学4年生でバスケを始めた時に先輩に教えてもらって読んだのが最初です。ルールの基本も『リアル』で勉強したんです。何度読んでもこれは自分にも当てはまるなとか、新しい発見や考えさせられることがあるんですよ。おかげでポジティブな気持ちでステイホームできました。この苦しい時間も、あとから振り返って自分の成長にとって最高の試練だったと思えるようにしようって。同じようにスピードが武器の戸川清春がライバルのように思えて、その成長が気になるし、車いすバスケを始めた高橋久信が先輩に基礎ばかりやらされてイライラする気持ちもよくわかります(笑)。早く15巻を読ませてください!(赤石)」

 
藤本怜央REO FUJIMOTO
37歳/クラス4.5/センター/宮城MAX
パラリンピックはアテネ大会から。
ドイツリーグでもチームの中心選手としてプレーする日本の大黒柱。

新型コロナウイルス感染症が世界へ広がり始めた2月、藤本怜央はドイツリーグに参戦中だった。
「最初はアジアで流行していると言われていたので、街でちょっと嫌な視線を感じたこともありましたね。ところがドイツの方が一気に蔓延してしまいました。だって、みんなマスクしないんだもん…。ハンブルグも街から人の姿がなくなりました。それで日本の方が安全だと考えて、入国者の隔離が始まる直前の3月20日に帰国しました(藤本)」
帰国直後の3月22日に決まった東京パラ延期は、アテネから4大会連続で主力として活躍してきたベテラン藤本のメンタルにも大きなダメージを与えた。
「リオ以降は、36歳で迎える東京パラを競技人生のピークにしようとすべてを費やしてきた。それが延期になって、思うように練習もできなくなって、来年は37歳。自粛生活で落ちた部分を取り戻して、さらにもう一段階上げられるのかと自問自答しました。俺ね、『リアル』の戸川を見て、人生は脚を失ってからがリスタート、そこからが勝負だよなって共感したんですよ。今回も同じで、コロナで積み重ねてきたものが壊れたどん底で何をするのか、ここからが本当の勝負なんだなって。メダルを獲るという目標設定は変わりません。もう、覚悟を決めました。地元の学校で体験会をやると、『リアル』を読んで車いすバスケを知ったという子どもたちが本当に多くて、影響力の大きさを感じます。東京パラでは車いすバスケに注目してくれる多くの子どもたち、そしてずっと日本代表を見てくれている井上先生に、日本代表が勝利する姿を見せたいですね(藤本)」

 
財満いずみIZUMI ZAIMA
23歳/クラス1.0/ガード/SCRATCH
17歳で日本代表入りし着実に成長。
前向きなメンタルと献身的なプレーでチームを支える。

東京パラに出場する車いすバスケ男女日本代表は12名。現在は男女ともに20名前後が強化指定選手として東京パラを目指している。延期された1年間をプラスに転換していくためには、伸びしろの大きい若手の成長が大きなカギとなるが、この世代にも、『リアル』をきっかけに車いすバスケを始めたという“リアル・チルドレン”がいる。女子では財満いずみ。17歳で日本代表入りして6年、チームでの存在感はどんどん大きくなってきた。
「小学5年生で車いすになったとき、母が『リアル』を渡してくれて、一心不乱に読みふけりました。もうこれしかないって思いましたね。『リアル』に登場するAキャンプの題材になったJキャンプに参加したことをきっかけに、高校卒業後は本気で車いすバスケに取り組もうと山口から茨城へ出てきたんです(財満)」
練習ができなかった間は、トレーナーと連携して自宅トレーニングを見直し、自炊で食生活の改善にも取り組んだ。
「東京パラの延期は、気持ちがざわざわしました。いろいろ考えたけど、結局はあと1年で少しでも上手くなって、チームに貢献するしかないという結論になりました。みんなで決めた銅メダルという目標に向かって進むだけです。昨年『リアル』が再開して、そろそろ新刊が出るんじゃないかと予想してたので、自粛期間中に何度か読み返しましたよ。ぐっとこみ上げてくるところが何か所もありましたけど、ナガノミツルが試合中にタイガースのメンバーに声を出そうと伝えるシーンが印象に残っています。みんなで声を出すと、本当にチームがひとつになるんですよね。みんな魅力的なキャラクターですが、一番好きなのは、高橋の彼女の本城ふみかなんです。底抜けに明るくて面倒見が良くて、私の地元の友だちに似ているんで(笑)、登場すると元気をもらえます。11月19日がとても楽しみで待ち遠しい(財満)」

 
森谷幸生YUKITAKA MORIYA
28歳/クラス4.0/パワーフォワード/NO EXCUSE
所属チームでは香西宏昭とダブルエース。
スピードと高さを武器にゴールを奪う点取り屋。

日本代表では各ポジション、各クラスで代表をめぐる熾烈な闘いが繰り広げられている。天皇杯で個人賞を獲得する活躍を見せ、代表争いに飛び込んできた森谷幸生も、『リアル』をきっかけに車いすバスケを始めた選手だ。
「僕は戸川と同じ14歳のとき同じ骨肉腫になり、入院して手術を受けました。同じ病気で入院している子どもが亡くなっていくところも見て、もしかしたら次は自分も…という気になりましたよね。『リアル』というマンガのことは知っていましたけど、このときは怖くて読めなかったんです。18歳の秋に肺への転移が見つかって再入院。逃げずに自分の人生を受け止めようと、ようやく『リアル』を読みました。その衝撃は言葉にできないですよ。僕も母を亡くして父子家庭で育ったし、子どものころはピアノを習ってたし、もう完全に戸川と自分をトレースしました。これは運命だって。それで自分にも車いすバスケができるだろうと思っちゃったんです(笑)。『リアル』は僕の人生のバイブルとして何度も読んでいるんですけど、そのうちに野宮朋美が好きになりました。過去の過ちと向き合って、何度失敗してもあきらめずにチャレンジしようとする姿は魅力的です(森谷)」
森谷自身も、2017年から強化指定選手入りして選考合宿に参加。何度もベテランハイポインターの壁に阻まれながら、代表定着へのチャレンジを続けている。
「コロナ期間中は、練習ができない不安はありましたが、自分自身と向き合って精神的に成長できた有意義な時間だったと思います。スポーツの価値やチームで自分が果たすべき役割についてなど、しっかり考えて整理することができました。まだ以前のようにみんなで練習はできませんが、この環境の中でもできることはたくさんあります。いまはチームに貢献できる自分だけの武器を磨いているところです(森谷)」

 

9月以降、代表合宿は再開されたが、
世界の感染拡大は止まらず、国際強化試合の予定は立たない。
出口の見えないトンネルが続くが、
選手たちは開催を信じて前を向いて進み続けている。
1年延期された東京パラリンピックまであと10か月――。

 

マツナガ製バスケ車
戸川スペシャル完成!!!

JWBFオフィシャルサポーターの車いすメーカー「マツナガ」が、戸川清春をイメージした世界に1台だけのバスケ用車いすを作り上げた。そのスペシャルマシンが9月に、井上雄彦に贈呈された。

ひと目見た瞬間に『カッコいい!』ってなりましたね。真っ赤なフェラーリみたいな感じで色気があります。フレームも細いところ、逆に太いところがあって強そうですし。日本代表のメカニック上野さん(マツナガ)、ありがとうございました(^ ^)
(井上雄彦)