週刊ヤングジャンプ新人漫画大賞スペシャルコンテンツ 田中一行先生特別インタビュー

ヤングジャンプ新人漫画大賞 第20回審査員の田中一行先生先生に特別インタビュー!!
昨年大阪で開催された複製原画展も大成功を収め、多大なる支持を集めるそのアートスタイルに迫る。

Q: 漫画賞出身の田中先生ですが、プロの漫画家になるまでの経歴を教えてください。

田中先生 小さい頃からノートにラクガキをしていました。高校一年生の時に意識的に絵を描き始め、2年生の終わりに初めて漫画を完成させ、その漫画で新人賞の一番下の賞をいただきました。担当さんと打ち合わせをしつつ上京し、専門学校に入り19歳の時に初めて読み切りを載せていただきました。
専門学校は約1年半ほどで辞め、その間に出版社を変え23歳の時に初連載のネームが通り、連載デビューしました。バイト経験はなく、アシスタントの経験も合計で約2週間ほどしかなく、初連載までずっと無職でした。

Q:過去作『エンバンメイズ』の作画のニュアンスは踏襲しつつ、よりキュビズム的であったり、高次元の概念を可視化させたりなど、作画面での変化も大きい印象のある『ジャンケットバンク』ですが、何か意識されてのことでしょうか?

田中先生 絵に関して一番意識した点は「気持ち悪いまで行かないこと」です。エンバンメイズを描いていた頃は未熟な時期にありがちな、「極端であれば極端であるほどよい」という思想があり、怖さや異常性を表すために崩しすぎて気持ち悪い絵になってしまっていたこともあると思います。
今作では怖いけれど気持ち悪くない絵を目指し、デフォルメを派手に崩すこと以外でも画面の圧力を増す方法を模索しています。

Q:アニメ監督でもある前田真宏先生のアシスタントにも入られていたなど、経歴にも特徴的な田中先生ですが、特に作画面でのスタイルで影響を受けたアーティストなどはいらっしゃいますか?

田中先生 書店で寺田克也先生の画集を初めて見たことが絵を描き始めるきっかけになったので、そういった意味では寺田先生の影響は計り知れませんが、スタイルを真似できるほど僕に腕がないのであくまで憧れの絵という意味で多大な影響を受けています。
前田真宏先生の作画のクオリティと速度を間近で見せていただけたことは漫画家人生においてとてつもなく大きく影響を受けています。「人間にはこれほど凄い事ができる」という事実を目の前で示していただいたお陰で、自分の絵が未熟であることの原因を自分以外のものに押し付けようとする気持ちがなくなり、謙虚さを得ました。
また同時に、前田先生の姿を横目に見つつ、僕は絵ではなくネームで勝負するしか生き残る道はないなと確信しました。

Q:音楽や映画、ゲームなど漫画以外の趣味も多いと伺いました。ご自身に影響を与えたと感じる、漫画以外のもの・人などはありますか?

田中先生 ゲームで戦う漫画を描いているので、様々なゲームから大きな影響を受けています。特に一つのものが別のものに作用して複合的な結果が生まれるような
カードゲームやハックアンドスラッシュといったジャンルは考え方の基礎に影響していると思います。
また、音楽には常に助けられています。具体的なアーティストは多すぎて書ききれませんが、おそらく作品を鑑賞して感情が揺さぶられる率が全コンテンツ中最も高いのが音楽だと思います。
言葉を短くテンポよく表すという点で、映画の字幕とマジック・ザ・ギャザリングというカードゲームのテキストから非常に大きな影響を受けています。
ちなみによく聞かれますが、ギャンブルは一切やりませんし、ゲームそのものも下手です。

Q:連載開始時に先生が「イケメン顔芸ギャンブル漫画」と称するなど、ゲーム決着後のカットが印象的な本作ですが、このような特徴的な表情描写はどのように生まれたのでしょうか?

田中先生 頭脳戦や心理戦というのは凄いことをしているのかどうかというのが直感的に分かりづらいジャンルなので、リアクションの派手さで起きたことの凄さが伝わるように表情を段階的に崩していきました。
通称「ピカソ顔」と呼ばれている絵は、ひと目でリアクションのレベルが極大であることを示せる「お約束」を用意しようと思い、あの形になりました。

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