『機動戦士ガンダム』における人間ドラマ
――安彦さんのお仕事の中で、やはり1979年の『機動戦士ガンダム』(以下『ガンダム』と略す)は大きな存在だったと思います。『ガンダム』の企画があがってきたときの印象はどのようなものでしたか。
安彦:富野由悠季監督から大まかな内容が書かれた「富野メモ」を渡されて、すごく面白そうだと思いました。分かりにくくはあったのですが、その点が斬新でした。それまで分かりやすいものばかりやっていたので。なんせ、主人公のアムロ・レイからして分かりにくい。「なんだ、イジイジしたネクラなやつだなぁ」っていう。それがものすごく新鮮でした。
――安彦さんの中で、『ガンダム』を描いた経験はのちに手掛ける歴史漫画に繋がる部分はありましたか。
安彦:あったと思います。人の歴史は単純じゃないぞという。簡単に言うと、「勧善懲悪ではないドラマ」だっていう、そのことの確認。それまでのロボットアニメが「悪い奴が出てきて友達を守る」というような分かりやすい世界を描いていたのに対して、「勧善懲悪ではないドラマ」が『ガンダム』にはありました。
――『ガンダム』は、その世界で生きる個々人の人生が描かれているという点でもその後の安彦さんの漫画作品に通じている印象があります。
安彦:そうですね。普通の作品だと、主人公や脇役のパターンというと決まったものがあるのですが、本当はその中にも色んな人間がいるはずです。「性格がねじれていてちょっと理解しにくい奴がいる」とかね。そういう色んな人間を描く楽しみを知りましたね。
――安彦さんが2022年に監督された『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』(以下、『ククルス・ドアンの島』)でも沢山の人間が描かれている印象です。
安彦:『ククルス・ドアンの島』をやるにあたって、最初に「子供のキャラを増やさないといけない」と言いました。最終的に原作では三人だった子供を二十人に増やして、色んな子がいるという描き分けをできるようにしました。
――あの子供たちの集団は、まさに社会の縮図になっているように見受けられます。
安彦:うん。ちょっとやんちゃな奴がいたり、泣き虫がいたりね。そういう子供達がドアンを中心に共生している。その様を描きたかったのです。