私は、「アイ」が大嫌いだった。
私にとって、B小町の活動は決して楽しいだけの物ではなかった。
勿論、芸能界に入って大勢のタレントと出会い、あこがれだった人と食事に行ったり、
テレビに出て注目を浴びたり、どこに行っても割ともてはやされて、楽しかった。
けれど、楽しかったのはそういうプライベートの事であって、B小町の活動自体が
楽しかったかというと疑問が残る。
毎日毎日リハやレッスンに追われて、イベントやライブで
全国各地を巡るけれど観光する余裕もなく、修学旅行も文化祭も行けなかった。
なにより……
なにより、この動画の主、アイの存在が、私の活動に陰を落とした。
B小町の人気の殆どは、アイによって支えられていた。
ライブの時もセンターはアイに固定で、他のメンバーも常にアイを引き立てる
バックダンサーのような扱いを受け、運営も露骨にアイを贔屓していたし、
アイを中心に全ての企画が動いていた。
勿論理解はしている。
アイが居なければ私たちは売れなかった。
アイが居なければ地下アイドル止まりで、あそこまでの脚光は得られなかった。
だからといって感情は納得しない。
贔屓を受けるアイを見て、憎しみが沸かない筈がない。
B小町は弱小事務所の中学生モデルたちの寄せ集めとしてスタートしていた。
低年齢のグループは当時の流行ではあったが、成長期の女子は容姿の変化も激しい。
大抵の場合、あどけなさを失ったジュニアアイドルは、「普通」の女性になっていく。
ジュニアアイドルの資質を見る際は、その親の容姿をチェックする場合があると聞く。
大人になった時にどういう顔に育つのか。
残酷な話。この業界はルッキズムを煮詰めに煮詰め、残酷なまでに才能主義だ。
私をはじめとしたメンバーの多くは、この残酷さの犠牲になったと言える。
中学生向けのファッション雑誌でモデルをしていた頃は、私だって
どこに出しても恥ずかしくない美少女だった。
けれど、高校生になって、成人になって、少しずつ、チャームポイントだった丸顔が、
足を引っ張り始めた。童顔で売っていた筈が、ずんぐりとしたあか抜けない雰囲気へと
変わっていった。育成失敗。そういった声も何度か聞こえた。
アイが妬ましかった。
あの子は最初から最後まで何も変わっていなかった様に思えた。
最初から大人びた顔をしていたし、最後まであどけなさが残っていた。
嫉妬していた。私だけじゃなくて、きっとメンバーの全員が。
表面上は仲良くしようとしていたけれど、きっと妬みの気持ちは滲んでいて、
アイもそれを理解していたと思う。
他のメンバーと明らかに壁があった。
何年も一緒にやっていたが、本当の事を、本心で話した事は一度もなかったと思う。
アイは常に飄々としていて、本心を見せたことがない。
食事も、最初期に数回行ったくらいで、プライベートの付き合いもなかった。
不満が爆発して、アイに嫌がらせをする子も出てきた。
化粧品を盗んだり、メンバー間でアイの話である事ない事 言ったり。
その子はすぐにクビになった。斉藤社長の動きは迅速で、容赦がなかった。
事が発覚して直ぐに声明を出し契約解除。卒業ライブも行わせて貰えなかった。
社長の露骨な贔屓に皆は覚悟を決めた。
アイのバックダンサーとして、B小町の活動をしていく他ないのだと。
くそくらえ。そう思いながら活動を続けていた。
私は心をどこにも繋がず、息を止めるように再生ボタンを押した。