そこで配信のデータは途切れていた。
動画のタイトルは「1」。どうやら、これは分割された動画データのようだった。
投稿者のページに飛んで続きを探してみたが、見あたらない。削除されてしまったのか、
はたまた最初から投稿されていないか。
拭いきれない不完全燃焼感に包まれ、私は検索ページを開く。
何か、アイの足跡を見つけられないかと、B小町関連のページを辿る。
動画サイトにあるB小町関連の動画は、殆ど見た事のあるものばかりで、
テレビ用の仮面を被るアイしか、そこにはなかった。
そういえば……
そういえばだ。B小町が結成した当初。
まだ皆が仲良くしてた頃に、共同アカウントのブログを作ろうという話があった。
駅前のファーストフード店で、子供が4人で、無邪気に。明るい未来を夢想しながら。
結局、運営が作った公式アカウントだけ運用するという話になり、
そのアカウントは放棄された。
たしか、そのアカウントはアイも何度か日記を書いていたはずだ。
ログイン画面に移る。
登録したメールアドレスは、私のサブアドレスだった筈。
パスワードはなんだったか、順番が定かではない。
1が先だったか、55が先だったか。
何度か試している内に、正しいパスワードにたどり着く。
45510
高峯、ニノ、アイ、渡辺。
結成メンバーの頭文字を、フリックで入力した時の数字。
記事の数は7件。
総アクセス数は328。
最新のページには、移転のお知らせがあった。
こんなの古参のファンでも知っているかどうかのレアすぎるブログだ。
ブログサービスのチョイスも悪い。可愛いアバターがブログの横に添えられていて、
いかにも小中学生が作ったブログといった感じだ。
黒歴史を眺めているようで頭が痛くなる。
記事の内容も酷い。
運営に確認も取らず書いたであろう自己紹介のページや、好きな芸能人がどうだの、
絵文字満載で綴られている。
プロ意識の欠片もないクソガキのページだ。
私はひぃと声を上げながら、早く記事を消そうと編集ページに飛ぶ。
すると、そこには非公開になっているページが1つあった。
投稿者はタグで分かった。アイだ。
私はプレビュー画面を開く。
アイの書いた文章を、読む。
「高峯ニノちゃん渡辺」
このページ懐かしいよね。
私も、まだ残ってると思わなかったな。
最初の頃は私たちも、こんな仲良くやってたんだねー…
今は結構、B小町もギスギスしてるじゃない?
まぁ私のせいなんだけど。
ほんとはすごく悪いなぁって思ってるし、責任も感じてる。
ほんとだよ?
信じてって言っても難しいかもしれないけど
皆と仲良くしたいって言う気持ちは、ずっと変わらない。
ずっと言えなかったけど、これが私の本心。
皆は私の事 嫌いかもしれないけど、私は皆の事 嫌いじゃないの。
出来る事なら、昔みたいにやりたい。
もっと私の事、バカにして良いよ。
ちゃんと怒って良い。
遠慮なんてして欲しくない。
言いたい事は言って欲しいよ。
もし、このブログを、昔の私たちが良かったって思って、見に来てくれたなら。
今度 会った時に教えて?
おい、アイのバカ野郎って言って。
そしたら私、ごめんねバカでって言うから。
仲直りがしたいです。
皆にずっと言わなきゃって思ってた事もあるの。
ちゃんと皆と
私は、最後まで読まずに、ページを戻した。
このアイが書いた記事を、削除した。
永遠に、手遅れになるように。
二度と誰も、この文章を読まないように。
こんなのは違う。
こんなのは「アイ」じゃない。
誰にも縋らず、奔放で、孤高で、強くて、後悔なんて一度もせず、
無敵で最強で唯一無二なのが「アイ」なんだ。
こんな仲間に縋るような文章を、アイは書かない。
これはアイじゃない。アイはそうじゃない。
私のアイは、そんなのじゃない。
どれが本当のアイなのか、私が知る必要は無い。
あの動画の続きって、どういうのだったのだろう。
私は、確実に一回は、あの配信を見ている。
アイの配信は全て見ているのだから。
思えば一度だけ、アイが配信上で弱音を吐いた回があった。
そうだ。白米とガラスのエピソード。
あれはアイの母親の話に繋がるやつだ。
母親が投げたグラスの破片が、白米の中に入っていて、
そこからアイは、見た事もないくらいに弱音をこぼした。
この動画を投稿した人物もまた、私と同じなんじゃないだろうか。
そんなアイを、認めたくなかったんじゃないだろうか。
私たちの中にある偶像を、守るために。
インターネットのデータベースから消し去った。
永遠に。
二度と巻き戻らず、手遅れになるように。
私は、ブログそのものを削除した。
アイの数少ないSOSだったかもしれないその声を。
もう二度と、誰も見ないように。
PC横の窓ガラスには、私の顔が映っていた。
誰よりもアイを信奉していた
紛れもない信者の顔であった。
FIN